2023-12-04

サウジアラビアの未来都市、
THE LINEがもたらすもの。 

 サウジアラビアの大規模建築プロジェクト「THE LINE」が注目を集めている。全長170㎞という前例のない建築プランは世界各国に衝撃を与えた。同国皇太子が先頭に立ち都市デザインコンセプトを発表するなど、国家的なプロジェクトとして注力していることも窺える。古来より海上交通の要所にも近く、世界交易においても重要なロケーションにあるサウジアラビア。新たなスマートシティの立ち上げが世界にもたらすものは何なのか、その全貌に迫りたい。

サウジアラビアが誇る巨大プロジェクト

 2017年、サウジアラビアは5,000億米ドルの超巨大プロジェクト「NEOM」を発表した。NEOMはこれまでにない大規模なスマートシティ計画となっており、スエズ運河に接する工業地域「OXAGON」、紅海のラグジュアリーアイランド「SINDALAH」、山岳リゾート「TROJENA」など、広範囲にわたるエリアを開発する予定である。
 2021年1月、NEOMの旗艦プロジェクトとして発表されたのが、未来都市「THE LINE」の開発だ。海岸から砂漠や渓谷まで、サウジアラビア全域を横断するTHE LINEは、まさしく国を挙げての事業となる。
 THE LINEを擁する「NEOM」は、世界各地からの交通アクセスも良い。古くからの海上交通の要所スエズ運河に繋がる紅海に面するロケーションは、物流の利便性が高く、世界の交易の中心に位置している。空路を利用すれば、世界の実に4割におよぶ地域から6時間以内にアクセスすることが可能なのだという。

全長170㎞、圧巻のスケール

 2022年7月、サウジアラビア皇太子であり、NEOMカンパニー取締役会長でもあるムハンマド・ビン・サルマン氏により、THE LINEのデザインが公式に発表された。ミラーガラス張りのシャープな外観はこれまでにない存在感を放ち、人々の目を惹き付ける革新的なデザインとなっている。
 赤い砂漠や雪をいただいた山々を望むロケーションを貫くその姿は、何物をも寄せ付けない長大な壁を思わせる雄大なもの。高さは海抜500m、幅200m、全長は実に170kmにも及ぶ巨大建築プロジェクトだ。最終的な受け入れ人口の目標は900万人と言われており、これはニューヨーク市や神奈川県全域の人口に匹敵する。
 また、特筆すべき点の一つが、その人口密度だ。総敷地面積は34キロ平米と、これまでの都市のわずか2%というから驚きだろう。

住民の利便性を向上するレイアウト

 長大なTHE LINEは、複数のパーツ=建築モジュールを連結して作られる。各モジュール内には住居のほか、教育・レジャー・オフィス・商業など、日常生活に必要な施設を完備するという。最大8万人を収容する設計となっており、従来の都市開発のように横へ拡張するのではなく、各施設を縦にも展開することで、コンパクトかつ利便性の高い都市開発を実現した。あらゆる施設へは、歩いて5分でアクセスすることができるよう設計されており、誰もが自分に合った最適なワークライフバランスの実現が可能になるという。
 こうしたアクセスの良さは、THE LINEの特徴の一つと言える。道路は存在せず、車も走らない。環境への配慮や自動車事故と無縁の世界がそこにあるということを実現しようとしている。
 また、各モジュール間の移動用に鉄道が整備され、THE LINEの端から端までをわずか20分で移動することが出来るという。それを可能にするのが、時速500㎞以上に達する高速リニアモビリティだ。

環境にも配慮し、自然と共生

 THE LINEの全貌は、NEOMの公式サイトで見ることができる。その洗練された外観とは裏腹に、公開されたイメージボードや動画で見る建物の内部は、緑豊かな世界が広がっていることがわかるだろう。そのほか、THE LINEで使用する資材は全て100%再生可能エネルギーに限られ、環境保全への配慮を徹底している。前述した通り車や道路を排除しており、炭素排出量ゼロを実現する仕組みだ。自然換気を採用している建物内は、居住空間でも公共スペースにおいても1年中快適な環境を約束してくれる。建物内には随所に緑が配置され、どこにいても2分も歩けば自然と触れ合えることができるレイアウトなのだ。イメージボードでは建物内に流れる水が随所で滝のように降り注ぎ、建物はまるで岩肌のようにそそり立つ。その姿は、あたかも人の手により創り出された渓谷のようにも思え、太古の自然と人との共生を連想させる。
 また、THE LINEの鏡のような外観は建物全体の景観とも違和感なく馴染んでおり、不要な交通やインフラ設備を排し、自然と住環境、人々の健康と幸福を優先することがコンセプトにもなっている。

垂直積層型コミュニティの実現

 サウジアラビア皇太子のムハンマド・ビン・サルマン氏は、デザインの公式記者発表において、THE LINEのデザインについてこう述べている。「垂直積層型コミュニティのデザインは、従来の平坦で水平な都市に挑戦し、自然保護と人間の住みやすさを向上させるモデルを作り上げるものです」。
 住みやすさの実現と環境問題の危機、この相反する課題への回答がTHE LINEなのかもしれない。都市計画の抜本的な改革を目標に、建築、エンジニアリング、建設各分野の頭脳を一堂に結集し、これまでにない建築プロジェクトの実現に挑んでいるのだ。
 THE LINEの建設・プロジェクト管理・開発を担当するエグゼクティブディレクターのジャイルズ・ペンドルトン氏は、「THE LINEは成長するモデル」だと自信を覗かせる。開発は一度に行わず段階的に実施され、2045年の完成を目指すという。最初のモジュールでは大学を建設し、イノベーションと教育を中心として都市を発展させる予定だ。2030年までに100万人の居住を達成し、その後、人口マトリックスに比例し、オペラハウス、劇場、映画館、警察署、学校、スタジアムや病院など、必要な施設を順次開設していく予定だ。ペンドルトン氏は公式サイトの中で、1960年代から始まった多目的ビルの開発をTHE LINEの起源として挙げている。目指すのは完全な「垂直アーバニズム」の実現、長時間の移動を必要としない快適なライフスタイルの提供だという。

世界に奇跡をもたらすプロジェクト

 2023年9月、サウジアラビアのNEOMプロジェクトは、経済産業省、日本貿易振興機構などの協力のもと、東京の中心にある虎ノ門ヒルズフォーラムでプロモーションイベント「Discover NEOM」を開催。これは世界の主要都市で開催されているツアーの一環で、THE LINEを含む都市開発プロジェクトの紹介が目的だ。ワークライフバランス、次世代の建築、緊密なコミュニティの実現、環境ソリューション、自然との共生など、THE LINEの存在意義は世界に新たな奇跡をもたらす可能性を秘めている。自然と共生しながら、更なる進化を目指す人々の新たなライフスタイルのモデルケースにもなっていくかもしれない。今後もTHE LINEの進化と完成を心待ちにしながら、次世代のイノベーションをしかと見届けていきたい。

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