2023-12-04

カナダ最大の都市
トロントのディスティラリー地区を巡る。

 カナダ最大の都市トロント。近代的な建物が並ぶダウンタウンから徒歩10分の場所にあるのが、ビクトリア様式で造られた煉瓦造りの建物が連なる、ディスティラリー地区だ。最新の文化の発信基地として、この洗練された町を愛する地元の人から観光客まで、多くの人で賑わっている。200年程前に建造された歴史的な建物や石畳の道路は、多くの人の努力によってそのまま現代に保存されており、タイムスリップして町を散策するような特別なひとときをもたらしてくれる。

今に至る伝説の発端

 ここにはかつて大規模なウイスキー蒸溜所があり、世界的な隆盛を誇っていた。その始まりは19世紀初頭に遡る。移民の国として発展してきたカナダの中でも、特にトロントは多くの人が移住し、人口の増加に伴ってアルコール飲料の需要が急増した土地だ。その需要を満たすべく、ジェームズ・ウィッティンガムとウィリアム・グッドアーの二人によってウイスキーの製造を行うグッダーハム&ワークス蒸溜所が開業したのは1832年のこと。同蒸留所はその後、世界最大規模を誇るまでとなり、ここを中心に工業施設が集まり栄えていった。
 しかし1920年から1933年の間、アメリカで施工された禁酒法の影響がカナダにも及び、アメリカ市場へのウイスキー輸出が事実上禁止されることとなる。これは蒸留所にとって大きな打撃となったことは言うまでもない。さらに消費者の好みが多様化し、ウイスキー以外のアルコール飲料が普及したことによって、従来のウイスキー蒸溜所は需要に対応できなくなることが増えていった。その後、様々な要因が相まって、ウィットバイ・グッドアー蒸留所はその役割を終えたのである。
 一時期荒廃したディスティラリー地区だったが、1988年にビクトリア様式の建造物や石畳の道といった文化的景観が再評価されるようになり、カナダの国定史跡として指定されることになった。

人々の保存を懸けた取り組み

 国の史跡に指定されてはいるものの、廃墟となった工業用建物のコレクションを見た町の有志らは、その場所を単なる「歴史地区」ではなく、町の人々が誇りに思える場所に変えたいという思いを募らせていく。
 そしてトロントの不動産開発者、マシュー・ローゼンブラットやディティラリー地区の保護や再生を行う団体を中心にプロジェクトが発足。彼らはロマンスを感じる歴史的景観を残しつつ、人々の憩いの場所ともなり、さらにニューヨーク市のソーホーやチェルシーのような、芸術家や職人、起業家、実業家が互いに肩を並べて刺激し合う、創造性が開花し、情熱が喚起される場所を生み出そうとしたのである。
 それを機にグッダーハム&ワークス蒸溜所が使用していた47棟の建物の復元を開始し、ショップやギャラリー、スタジオ、レストラン、カフェ、劇場などが複合的に集まる施設に改築。2003年に商業施設としてリニューアルオープンを果たすこととなった。

文化の発信基地として

 ディスティラリー地区はアーティストのスタジオやギャラリー、美術館のほか、ショッピングセンターとして工場跡地や赤レンガ倉庫が改造・整備されており、都市空間の再生や空間活用の好事例として引用されることも多い。これまで多くの映画やテレビ番組、コマーシャル、ミュージックビデオが同地区で撮影され、「北のハリウッド」としても知られている。またディスティラリー地区ではレストランを含めたさまざまなスペースの貸し出しを行っており、家族の集まりや結婚式、企業のイベントや製品発表会などの会場としても幅広く活用されてきた。
 実際に同地区のギャラリーでは、絵画や彫刻、写真など、さまざまな展示やアート関連のイベントが数多く開催されており、アート愛好家にとっては見逃せない場所でもある。劇場やパフォーマンススペースもあり、地元の劇団やアーティストもここで公演を行うことが一つの登竜門にもなっている。音楽フェスティバルなどの様々な催しがあるため、地元の人々にとってクリエイティブな才能を披露する機会や、芸術に触れる機会を常に提供している場所とも言えるだろう。

特別な食のひととき

 また、ディスティラリー地区には多くの魅惑的なレストランやカフェも点在する。賑やかな市場には屋台が軒を連ねるだけでなく、少し喧騒から離れれば隠れ家的な名店も数多い。シチュエーションに合わせて食事を楽しめるのも同地区の魅力の一つと言えるだろう。
 中でもトロント市内に8店舗を構え、地元の人にとっても馴染みのカフェ「バルザックス」はぜひ訪れたい場所の一つだ。同店ではカカオや砂糖、エスプレッソ・コーヒーはすべてフェアトレードによるオーガニックの製品を使用。オーガニック・ジュースや地元産のアップル・サイダーも提供している。
 そのほか、「ワイルドリィ・デリシャス」はランチにも最適なカフェで、サンドウィッチやハンバーガーなどの軽食から、お土産物用のハーブやドレッシング、シロップなども販売。寒い時期にはホットワインやホットチョコレートも楽しめるという。
 そしてレストラン「ピュアスピリッツ」では、新鮮なオイスターやローブスター、ムール貝などを使用した海鮮料理を味わうことができ、リピーターを増やしている。
 2003年で再開発から20周年を迎えたディスティラリー地区。失われた蒸留所がカムバックして酒造りを再開し、クラフトビール、日本酒の酒造所まであり、世界でも指折りの多様性を兼ね備えている場所だ。歴史を未来に繋ぎ、節目を迎えてますます盛り上がりを見せるトレンドスポットへ、ぜひ一度訪れてみてはいかがだろうか。

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